こんにちは。「語り部blogどっとこむ」のRYOです。当ブログへのご訪問ありがとうございます。
この記事は、僕の過去のInstagramの投稿を「僕が作ったオリジナルのプロンプト」で、ワードプレス用に手直しして作り直したAI記事です。
「熱い思い、熱い哲学があるけど、文章を書くのが苦手、、、」という方は、今はAIを効率よく使うことで、AIがあなたの代わりに記事を書いてくれる時代です。
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Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice.
他人の意見という雑音に、自分の内なる声をかき消されてはいけない。
by Steve Jobs
他人の意見という「雑音」。
まさにスティーブ・ジョブズの言う通りで、この雑音に惑わされると、自分自身の「本質」を見失ってしまうと僕は感じます。
最近、サカナクションの山口一郎さんのあるエピソードを知って、それが僕の好きなエルトン・ジョンのある曲の歌詞の世界観と、深くリンクしてるように感じたんですよね。
一見、全く関係ない2つの話。でも、その根底に流れているのは「周りに理解されなくても、自分を信じる強さ」みたいな共通の哲学でした。
今日はそんな、僕がちょっと深く「digって」しまった、音楽と哲学の話です。
孤独ではなく「孤高」であること(サカナクション・山口一郎さんのエピソード)
まずは、サカナクションの山口一郎さんが語っていたエピソードです。
いい歳して音楽なんて、とか、売れないときは批評された。誰も理解してくれないって『孤独感』で淋しくて苦しかった。
その時、お母さんに
「新しいことをする人はいつもひとりぼっちなものよ。
でもね、それは孤独じゃなくて孤高なの。
あなたは孤高なのよ。
だから自信を持って自分を信じて頑張りなさい。」
って言われた。
当時は言葉の意味を理解できないでいたけど、あとになって「俺って孤高なのかもしれない!」って思えるようになった。孤独じゃなくて孤高なんだ、って思うと嬉しくなった。
孤高:俗世間から離れ、自分の志や節操を守り、一人格として抜きんでていること
いや、これ、めちゃくちゃ刺さる話ですよね。
「孤独」と「孤高」。
辞書的な意味は似てるかもしれないけど、その内実は天と地ほどの差がある。
「孤独」が、周りから理解されずに淋しい、というどちらかというとネガティブな状態を指すのに対して、「孤高」は、俗世間から離れてでも自分の志を守る、というポジティブで主体的な意志を感じます。
断酒と禁酒の言葉の定義と同じ。
ハナシを戻すと、お母さんのこの一言が、山口さんの視点をガラッと変えたわけですよね。
これって心理学でいう「フレーミング効果(表現の仕方で印象が変わる心理)」の完璧な例だと思うんです。
「ひとりぼっちで淋しい」というネガティブなフレームを、「志を守る孤高の人」というポジティブなフレームに書き換えてくれた。
僕自身、クライアントを持たずにネットだけで稼ぐっていうスタイルを確立するまで、やっぱり周りからは色々言われました(笑)。
「そんなやり方で食っていけるわけない」とか、「地に足がついてない」とか「詐欺みたいな怪しいやつなんじゃないの?」とかね(笑)
でも、矢沢永吉さんの「プラス5とマイナス5」の話じゃないですけど、自分の道を突き進めば、5人の熱狂的なファンと、5人のアンチが生まれるもんなんですよね。
全員に好かれようとするのは、結局誰にも深く刺さらないって事です。
山口さんのお母さんの言葉は、まさにその「孤高」の精神を肯定してくれたんだなと、深く共感しました。
岡本太郎の格言と同じ。
友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立しても良いと腹を決めて自分を貫いていけば、本当の意味で皆に喜ばれる人間になれる。
by岡本太郎
『モナ・リザ・アンド・マッド・ハッターズ』に隠された本質をdigる
そして、この「孤高」の話が、僕の大好きなエルトン・ジョンの曲『モナ・リザ・アンド・マッド・ハッターズ』の世界観と重なるんです。
この曲は1972年のアルバム『ホンキー・シャトー』に収録されてるキャリア初期の名曲。
作詞は、エルトンの長年のパートナーであるバーニー・トーピンです。
この歌詞が、トーピンの実体験に基づいてるんですけど、まさに「孤高であり、愛こそすべて」というテーマ。そして、物質社会や物質主義への強烈なアンチテーゼになってるんです。
スパニッシュ・ハーレムにバラは無かった
話は1970年に遡ります。
エルトン・ジョンが『Your Song(僕の歌は君の歌)』で世界的に大ヒットした後、ジョン&トーピンは初めてレコーディングのためにニューヨーク(NY)へ行くんですよね。
トーピンは当時、ベン・E・キングのヒット曲『スパニッシュ・ハーレム』にあるような「スパニッシュ・ハーレムに咲く1輪のバラ」みたいな、ロマンチックなイメージをNYに抱いていたそうです。
でも、現実は違った。
滞在中のホテルで銃声を聞いて、恐怖におののくわけです。
若きトーピンが抱いていた幻想は打ち砕かれます。
この曲の歌詞は、その時の絶望から始まります。
いま分かったよ、スパニッシュ・ハーレムは良い言葉じゃなかったんだね
キングの歌にあったロマンチックなバラなんて存在しない現実を知って、こう続きます。
薄々は気付いてたけど、NYにはバラなんて育たないんだ。
そして、NYという街の冷たさと、そこでの自分たちの未来をこう表現します。
それでも、まだ君はここで見てるんだ、ゴミ箱の中にある夢を、、ギリギリのところで耐えてる君の横を人は通り過ぎていくんだ
ゴミ箱の中の夢、そして無関心に通り過ぎる人々。
まさに「孤独」のどん底ですよね。
ここで歌われているのは、華やかな世界の裏にある絶望と疎外感なんです。
「夜に向かってオハヨウ」と言うボンボン達
この曲のタイトル『モナ・リザ・アンド・マッド・ハッターズ』。 「モナリザ」と「マッドハッター(不思議の国のアリスのキチガイ帽子屋)」。
これは、当時のNYの裕福層、エリート(ホワイトカラー)のボンボンたちを指す抽象的な比喩だと僕は解釈しています。
「銀行家の息子」「弁護士の息子」みたいな、自分たち(ブルーカラー出身のジョン&トーピン)とは真逆の対象であり、物質主義そのものの象徴です。
モナリザやマッドハッター(銀行家や弁護士の息子のボンボンたちや、それに群がってる女たち)は、夜に向かってオハヨウ、って言ってるんだ。
彼らが自ら空を見上げない限り、それがおかしなこととは思わないんだ。でも、彼らはそれが出来ない。
なぜなら、外が今明るいか、暗いかさえも知ろうとしないんだ。
これ、強烈な皮肉ですよね(笑)。
昼夜が逆転した退廃的な生活を送る彼らは、「夜に向かってオハヨウ」と言う。
そのズレっぷりは、言うなれば「マラソンの給水所でラー油を渡される」くらい本質から外れてるって事ですよね(笑)。
でも、彼らはその異常さに気づきもしない。なぜなら、自分たちの外にある「本質(今の空が明るいか暗いか)」に興味がないから。
まさに現代のSNSにいる「承認欲求オバケ」にも通じる話だと僕は思います。
周りがどう思うか、どう見られるか(物質主義)ばかり気にして、自分自身の本質的な価値を見失っている状態です。
絶望の中に見つけた「君」という光
そんな絶望的なNYの描写が続く2番では、こう歌われます。
ブロードウェイの歌はブルース(憂鬱・・商業的な成功や華やかな虚飾)ばかりだ。歌詞を知ってれば口ずさむくらいはできる。でも、俺は俺の歌を歌うさ。自分で自分を成長させるんだ。ニューヨークに自分自身の種を蒔くんだ。
ここです。
「ブロードウェイで流れてる売れてる歌(=物質主義的な成功)」と「俺の歌」を対極に置いてるんですよね。
「売れなくてもいいんだ、孤高で一人で信じる道をいくさ」という、トーピンの決意表明です。
そして、NYの地下鉄には善人が向かう場所なんて無い、と絶望の底を描写した後、最後にこう結ばれます。
神様に感謝します。私が見つけた人々がいること、君みたいな人間と出会えたこと、君と出会えたことに、、、
物質主義がはびこる絶望的な街(NY)で、唯一見つけた希望。
それは「君」という存在だった、と。
この「君」は、もちろんパートナーであるエルトン・ジョンを指しているでしょうし、もっと広く「本質的な愛」や「信頼できる仲間」そのものだと僕は解釈しています。
商業的な成功や虚飾(ブロードウェイ)よりも、人間的な真実と大切な人々の存在を重んじる。
大成功を収めた直後の彼らが、そっち側(ホワイトカラー)に行かず、こう歌った事にめちゃくちゃ説得力があるんですよね。
結局、僕達が信じるべき「本質」とは
サカナクション山口一郎さんのお母さんの言葉「孤独じゃなくて孤高なの」。
そして、バーニー・トーピンが絶望のNYで見つけた「君と出会えたこと」への感謝。
この2つの話は、僕の中で「本質は何か」という問いに対して、同じ答えを示しているように思います。
周りの雑音や物質的な豊かさに惑わされず、自分自身の内なる声に従う「孤高」の精神。
そして、その先で見つけることができる、お金や名声では買えない「本質的なつながり」。
僕自身、人生のどん底から這い上がってきた経験があるからこそ、この2つの話が深く刺さるのかもしれません。
結局、一番大事なのは自分自身を信じて、「健康こそ全て!自分を大事にしよう!」っていうシンプルな事なんですよね。
他人の評価という「雑音」に耳を貸すんじゃなく、自分の心の声を聴くこと。
それが「孤高」への第一歩なんだと、僕は改めて感じました。
いかがでしたか?
この記事は、僕の過去のInstagramの投稿を「僕が作ったオリジナルのプロンプト」で、ワードプレス用に手直しして作り直したAI記事です。元の投稿を読み込ませてあげるだけで、こんな記事が出来ます^^
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