【野口(健)君や栗城君は登山家として3.5流。僕より下って言っても反論する人は居ない。 by服部文祥】
服部文祥の「滑落」ってドキュメンタリー。
登山家服部文祥は、登山の際、ライフルを持ち自給自足。イノシシの頭の脂とご飯を少しだけ持ち、肉は山で狩猟をする登山スタイル。
「滑落」のドキュメンタリー中、ことごとくハンティングに失敗し、イノシシの脂で炒めた焼き飯のみで飢えた状態で数日過ごし、下山するハメになったその日。
鹿を見つけ発砲。
崖を滑り下りる様に降り、仕留めた子鹿が死んでいるのを見て「よ~~~し、今日は焼肉だぁぁぁ~~~」と絶叫とガッツポーズをする姿はバイタリティに溢れてガチでワイルドそのもの。
普段は、絶対に1人で山に登る服部文祥が、この「情熱大陸-滑落」でカメラマンとして同行させたのは、上の「黄金のピッケル賞」を受賞した平手さんだったから。
結果的に、滑落して1人だったら死んでいたかもしれないのに一命を取り留めたのは、平手さんが居たから。
鹿を食べる所は、もう削除されてるけど、一部が残ってるので↓。
ちなみに、栗城くん、っていうのは、死体蹴りみたいになるので深くは触れないけど、まあ、とにかく、承認欲求にまみれて、人に迷惑をかけまくった人。
デスゾーンという本、You Tubeなどを観ると、ガチのアルピニスト達が「3.5流」と揶揄する理由が分かる気がする。
その服部文祥が師匠にあたる、東出昌大のYou Tube動画、めちゃ面白かった。
ガチで猟師。カッコだけ、流行りでソロキャンプしてる様な感じじゃなく、ガチモンの猟師。
自分でライフルでハンティングして血抜きをする動物以外にも「ロードキル(車にハネられて死ぬ動物)」の動物も、キツネ、タヌキ、テン、イタチ、イノシシ、鹿、殆ど食べているそう。
そう言えば、数ヶ月前、家の下の道路でかなりデカいイノシシが車にハネられて死んでて、役場も休みで明日じゃないと引き取りに来てくれないな、って思って子供の部活に送ったら、数時間後、そのイノシシが居なくなってた事がある。
無類の肉好き、だけど、食べる肉は豚鳥牛オンリー。
羊も臭くて無理、鳥はニワトリ限定、ジビエなんてとんでもない、って感じの僕からしたら、あの血ダラケの物体を運んで食べる、って事を出来るワイルドさはマジで理解不能。
最近、You Tubeで「野良猫」じゃなくて「ノネコ」を料理して食べる人が炎上してたけど、野良猫はダメで「ノネコ」はOKという線引が分からない。
>>猫を虐殺し食べた大学院生が逮捕。「ノネコだから大丈夫だと思った」という主張は通るのか?
猫を解体する動画なので自己責任で観て下さい。↓
ノネコだろうが、ガチモンの猫。それを皮をはぎ、食べてみよう、って思う感覚が全く分からない。
仁義なき戦いで、広能昌三(菅原文太)に焼肉を食べさせたい子分が、オヤジに内緒で野良犬を撲殺して、牛と偽って焼肉にするってシーンがある。戦後の食糧難の時代背景。
戦後ならまだしも、今みたいに食用肉があるのに、そういうモノに興味がある感覚が分からないというか。。
馬鹿にしてるわけでも無いし、シンプルな疑問だけど、豚とか飼ってる人って、豚肉は食べないんだろうか、、??
>>「涙が溢れてきます」 前園真聖、愛ブタ・セブンが14歳で天国へ もらった愛に感謝「これからもずっと一緒」
自分の豚と、食用の豚という線引ができてるんだろうか、、ナナと食用の犬、って線引き、自分は出来ない。
ペットの豚が死んだ時に「元気出せって、今日、浜勝奢るからさ」とか、そういう事とか不謹慎なんだろうけど。
自分の倫理観や常識とかからしたら、いくら犬の肉が牛肉の超高級肉と同じ味で、値段が5分の1、だったとしても、絶対に食べることも確かめる事もない。
豚は懐く、飼ってみたら分かる可愛い所、が仮にあったとしても、食用としてずっと食べて来てる動物に対して、そんな愛情が芽生える様なキッカケをそもそもの作りたくないというか。
世紀末、食料難になり、肉が食用、家畜がいなくなったとしても、多分、イノシシや鹿さえも食べれない。
コレって、霊を信じない人が、地蔵さんの頭からオシッコかけたり、寒いからといって、墓の木の墓標で焚き火が出来るのと同じで、概念、倫理観や価値観のフレームの問題だと思うけど。
やっぱ、イノシシ、鹿って、もう、あのイノシシと鹿、っていう先入観があるので、数度トライしたけどやっぱり潜在意識が拒否する感じ。
「イノシシも鹿も美味しいよ」って言われるけど、美味しいかもしれないけど、牛や豚でいいやん、って。
ペットというカテゴリの犬や猫たちが、保健所でガンガン殺されてるのに、あえて犬とか猫以外のペットを飼ったりする感覚。
猟師や自給自足のケースは別として、牛豚鳥などの食用の動物以外の肉を食べる感覚。
そういうのが全く分からない。もちろん、ジビエ好きな人は好きなんだろうけど。